「チャーハンやさんのチャーハンがたべたい」

という息子の発言をきっかけに、ここのところ料理熱が復活した。といっても休日の昼夕飯を作るくらいだけど。

料理好きの男は往々にして味にうるさいから面倒な性格が多いのよ。それにカタチから入るから、材料とか道具に凝ってお金ばかりかかるし……と葛西のデリヘルで働く人妻がパーラメントをふかしながらボヤいていたのを聞いたことがある。実は私自身、そのあたりはうすうす自覚もしている。

思えば、三歳の息子が生まれる以前は、家で仕事をしていた私がおもに食事当番だった。夕方になると近所のスーパーへ買い出しに出かけ、帰ると決まってタマゴ5個を使ったふわふわのだし巻き(つまみ+次の日の妻の弁当用)を作り、ビールをちびりちびりやりつつ料理をしながら妻の帰りを待っていたものだ。

しかしのちに息子が生まれ、会社員になって以来、キッチンに立つことはめったになくなった。つい最近まで米がどこにしまってあるのかさえ知らなかった。

二ヶ月ほど前だろうか、日曜日の昼時前に「お昼はなにが食べたい?」と息子に訊いたら「チャーハンやさんのチャーハンがたべたい」と言い出した。どこの店のことを「チャーハンやさん」と言っているのかわからなかったが、ここ最近、美味いと思えるチャーハンを食べた記憶がなかった私は「チャーハンやさんのチャーハンより、おとうさんが作るチャーハンのほうがぜったいにうまいぜー!」と高らかに宣言した。

「だったらつくってみろぜー!」「おう、つくってみろるぜー!」ということで、興奮気味に腕まくりしてひさびさにフライパンを振ったおとうさんのチャーハンは、見事に微妙なでき具合だった。

とりあえずは「うまいうまい」と言いながら食べる妻と息子だったが、そのセリフの行間からは「いまいち」という空気が漂いまくっていた。私の料理の腕は完全に鈍っていた。

以来、バカみたいに毎週チャーハンを作っていて、昨日ようやく納得できるような味のうまいチャーハンができるようになった。

そこまでに至る経緯は長くなるのでまた次回続きを書くつもりだが、さきほど今夜も腕をふるうつもりで「夜はなに食べたい?」と訊いたら、息子の「チャ……」にすかさず妻がかぶせて「なんかさっぱりしたのがいいな、マグロの刺身とか」と言う。たしかにこうも毎週のようにチャーハンを食べさせられていては妻も飽きるだろう。

さて、ひさしぶりにアジをさばいてタタキでも作ろうか。刺身包丁あったかな。今度ボーナス出たら合羽橋に偵察に行こう。

日曜日、公園で息子と遊んでいたら、息子と保育園で同級の女の子がやってきた。その傍らには、地味な服装ながら長身が目を惹くとてもシロウトとは思えないファッションモデル然とした身のこなしの美人ママも一緒だ。

息子は大興奮。〇〇ちゃん、いっしょにすべりだいやろう! 〇〇ちゃん、いっしょにあっちいこう! しまいには「居酒屋さんごっこ」をはじめて「はい、サッポロビールいっちょう! やきとりはいかがっすか?」などとおっ始める始末。

私は苦笑いを浮かべながら、美人ママに軽く会釈をしてから、少し離れたベンチに腰掛けた。

日曜の昼下がりの公園で、息子が女の子と戯れる光景を見守る良き父親……

の顔を作りながら実のところ私は、ちらりちらりと美人ママの一挙手一投足を目で追っていた。

我ながらヤらしい男だと思った。

……と、そこへ突然、妻がフレームイン。

ひとことふたことなにか話してから、なんとなくそこに並んだ妻と美人ママ。悲しくなるほどに二人のスタイルの差は歴然だった。妻の半分くらいしかない美人ママの顔が、妻より頭ひとつ分上から見下ろされている。

ふと、ベンチにいる私に気づいた妻が近づいてくる。

私はにやにやしながら「好きな女の子の尻を追っかけて、まったく(息子も)困った男だよな」というようなことを妻に言った。

すると妻は「あなたは好きな子を遠くから黙って眺めて、変なこと考えてるタイプよね」というようなことを言われ、妻すごい、と思った。

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昨日、ららぽーとのトイレの個室で用を足していたとき、ひざ上あたりにくしゅっとなった自分のパンツをふと見ると、ちょうど肛門がフィットするあたりに二カ所、穴が空いているのを見つけた。

買ってから二年くらいだろうか、いや、三年は経ったであろうか。いつ買ったかも覚えていないパンツをこれほど大きな穴が空いても気づかずに穿いている、ということは、自分のパンツに対する思い入れみたいなものがすっかりなくなってしまったのだなあ、としみじみ思った。

トイレから出て、パンツに穴が空いていたことを妻に報告したら「そういえばこのまえも、古いやつ一枚捨てといたよ」と言われた。

穴が空いても気づかずにいたパンツが他にもあったのか? それともアレか? あの辺が黄色くなってたり茶色くなってたりして汚かったのか?

なんだか恥ずかしくなって、捨てた理由は聞かなかった。

毎日毎日、あたりまえのように妻に洗濯されて畳まれて引き出しにしまわれている俺のパンツ。あたりまえのように穿いてあたりまえのように脱いで、そしていつか捨てられる。俺、おまえのことなんにも見てなかったな。ごめんよ、パンツ。パンツよ、ごめん。

「誕生日だから、パンツ買ってよ」

たかがパンツ、されどパンツ。今さら洒落たパンツを買ったところでどこの誰に見せる予定もないのだが、もう少し自分の股間を上質に包み込むような、そして時には自分を鼓舞させるような派手なものが欲しいなと思った。

しかし、妻が言う。

「ユニクロ、セールやってたかな?」

……そか、俺の股間はもう「よりどり2枚でいくら」の布きれをあてがうくらいの価値しかないのだな、と少し寂しい気持ちになった。

昨日、41歳になりました。こんなに自分の股間まわりに思いをめぐらせた誕生日はおそらく初めてだ

さっき、ひとりで昼メシを食べることになって、いろいろ迷ったあげく近所に最近できた店でラーメンを食べた。

10人も入れないカウンターだけの店なのに店員が三人もいて手持ちぶさたなくせに水はセルフサービスだったりして、三人とも筆文字看板のロゴ入り黒Tシャツを着て頭にはタオル巻いてたりしてて、胸にはやっぱりウマヘタな筆文字で「ゆーじ」なんて自分の名前が書かれたプレートを付けてたりしてて、メニューには食後のデザートアイスがあったりして、デートなのにアホみたいにどでかいトート持ったハーフパンツの男とaiko似自称してそうなアホみたいな女の学生風情人畜無害なカップル客がアホみたいな会話したりしてて、有線では湘南乃風がかかってたりして、べつに不味くはないけどとくに感動もしない魚介ダシをウリにしてる「こういう系」の無難なラーメン屋。

駅からちょっと奥まった路地の雑居ビルにこういう系の店が現れては消え、また現れては消えを繰り返す「街のショッピングモール化」みたいな現象が、よその街ならいざ知らず、自分の生まれ育った街で起こっているのを目の当たりにするとちと寂しい。

七年後の東京オリンピックの頃には、結局この辺もこういう系の無難な店が乱立してそうな気もするな。

昨日は息子と二人きりで秋葉原のヨドバシカメラの屋上にあるバッティングセンターに行った。

ピッチングマシンのモニタに現役プロ野球選手が映るやつで巨人の内海と対決した。20球でヒット性の当たりは2球くらいしかなかったがなかなかいい汗をかいた。

三歳の息子もヘルメットをかぶって初挑戦。もちろんひとりでまともにスイングできるはずもなく、私が背中から覆いかぶさるようにしてバットを一緒に持って振っていたのだが、たまたま一球ピッチャー返しのような鋭い当たりがあって息子はとても興奮していた。

実はここ半年くらい、息子はなにかにつけて「おとうさんヤダ!」が口ぐせだった。おそらく、一度大いに叱って顔をぴしゃんと叩いてしまったことがきっかけだったと思う。

あれだけ「おやすみのときはおとうさんがうんてん!」とはしゃいでいた自転車も、ちんちんを洗うと「くしゅぐったい!」とげらげら笑ってたお風呂も、それ以来「おとうさんヤダ!」状態だった。とにかく私との行動を(マンション隣のコンビニへ行くことさえ)拒否するようになった。

そんな息子の態度に私も私でふてくされてぷいとひとりで出かけたり、手をあげてしまった自己嫌悪と重なってかなり落ち込んだこともあった。子どもに媚びてまで仲良くする必要があるのだろうか? これも子離れの通過儀礼なのではないか? 同じ三歳の男の子をもつ同僚にお悩み相談メールまでしたくらいだ。

なんで、おかあさんばっかり……

すると妻は言った。

「しょうがないじゃん、私のほうが、長く一緒にいるんだから」

……。

だからということでもなかったのだが、お盆休みはほぼべったり息子と行動を共にした。お盆明けの一週間もたまたま仕事がヒマだったので定時であがって保育園へ迎えに行き、帰り道は決まって立ち飲み屋に寄って枝豆を食べるという息子の大好きなゴールデンコースを三回もキメた。しかも先週末は伊東への一泊旅行までキメた。ハトヤにキメた(お約束)。

果たして、おばあちゃん家以外で初のお泊まりと念願の新幹線初乗車を経験した息子は、その日を境に私に対する言動が目に見えて変わった。

「バッティングセンターに行きてーなー」という私のひとりごとに、昨日はまず息子が食いついた。

「ばってぃんぐ……?」
「野球だよ。カキーンって」
「いきたい!」

コンタクトレンズを買いたいけど診察でかなり待たされるから(息子を)どうしよう、と妻がぼやく。

私はおそるおそる息子に聞く。

「じゃあ、おとうさんとふたりで、バッティングセンター行くか?」
「(やや困惑)……おとうさんと? ふたりで?」
「うん、おかあさん、買いものしたいんだって」
「んー……どうしようかなー」
「……?」
「じゃあ、おとうさんとふたりでいく!」

そのとき私は心の中で叫んだ。

よっしゃあ!

息子と二人きりで外出するのは(保育園帰りの立ち飲み屋を除いて)ひさしぶりのことで「やっぱり帰りたい」「おかあさんがいい」だのといつ言い出すかといささか緊張したが、それは杞憂に終わった。

信号が変わるたびに「青です! 赤です!」助手席で私をナビる楽しみを見つけた息子は、行き帰りのクルマの中でもほとんどしゃべり通しだった。

私は確信した。息子のなにかがムケた。いや、もうズルムケと言っていいほどにムケた。ハトヤでムケた。

昨日の夜は一緒に風呂にも入った。半年ぶりだ。ハトヤでなにかがムケた息子だったが、ちんちんは当然ムケてるはずもない。

湯船に浸かりながら「おとうさんのちんちんやっぱりおおきいねー」と言う息子に、私は父親として、威厳に満ちたズルムケの股間をいつもより長めに見せてやったものだ。

日曜日の朝は、会社に行く平日と同じく7時に起きて喫茶店へ行ってコーヒーを飲むことにしている。たいてい妻も息子もまだ寝ていて、仮面ライダーが終わる8時半くらいに家に戻る。
喫茶店では本を読んだりブログを書いたり(ネタを考えたり)する。あとは、手帳を眺めながらこの一週間の仕事を振り返って、疲れた脳みそをつかの間の休日脳にするためにただぼんやりしたりもする。
自分にとってはこの時間がわりと大事で、そうでもしないと息子と公園で遊んでいるときなどに、ふと焦点の定まらない顔をしてしまい、妻に「仕事のこと考えてるんでしょ?」と言われたりする。
私はハッとして「あ、うん、まあ……」などと返すが、実際は仕事のことだけでなく、これまでの人生のことだったり、これからの人生のことだったり、焼肉食いてーなーとか、あそこにいる奥さんおっぱいでかいなーとか、ともすれば本当になーんにも考えてないときもあって、そんなときはなんか考えてるほうがかっこいい気がするので、なんか考えていたふりをするのだ。
今日もどこかでなんか考えてるふりをする日曜日が始まります。

今日は朝7時に出社して、14時まで面倒なデザイン作業に没頭、その後はわりとのんびり原稿整理などをして、19時過ぎに退勤。いま立ち飲み屋でキュウリをぽりぽりやりながら日記を書いている。
さっき駅で電車を降りてホームを歩いていたら、閉まるドアに身体半分ぴしゃんと見事に挟まれた20代後半くらいの女がいた。連れのもうひとりの女がそれを見てげらげらと笑っていて、それに気を良くして(?)か軽く酔っているのか、しばらくしてドアが開いて無事救出された女は、はるか後方の車掌に向かって「わざとだろ!」と叫んだんだけど、なるほど、その女の顔を見てみたらわざと挟んでやりたくなるような顔してた。なんとなく、車掌、グッジョブ! と思った。
自分が車掌になって、ほどよくブサイクな女の子を電車のドアに挟んでから、駆け込み乗車はおやめください、とマイクでたしなめて3000円、みたいな風俗があったらちょっと行ってみたいと思いました。

他チームのトラブルのお尻ふきみたいな仕事からようやく解放されたけど、おかげで自分でやらなければならない仕事が溜まってしまった。
会社での給料を増やしたかったら問題解決能力を身につけなければいけない、とどこかで読んだことがあるけど、今回のトラブルを見ていると私よりたくさん給料をもらってそうな人がまったく問題解決できない人だとわかった。だけど、そのたくさん給料をもらってそうな人がダメな人かというとそうではなくて、どちらかというといい人なのが会社の人事のおもしろいところだなあと思った。このへんのことは書き始めるととりとめもない話になりそうなのでもうやめておこう。
19時過ぎに会社を出て、保育園で妻子と合流後、近くのラーメン屋でビールと水餃子とつけ麺を食べて帰ってきた。疲れが溜まった身体の問題解決策としてはエロサイトで人妻ものなどをじっくり鑑賞したいところだけど、今日のところは早く寝てまた明日からに備えよう。

そういえば、ハルキとか言っちゃうヤツは、佐藤可士和のことを知り合いでもないのに「カシワさん」と言ったこともあった。

もちろんそのときも、カシワさんって誰?……みたいな顔をわざとしてやったら、あ、もういいですわ、みたいな顔をされてとてもスッキリしたような、でも少しムカついた気がした。

今日はその同僚に少し優しく接したい。